
宿命と運命の言葉の意味をご存知でしょうか?
宿命とは、生まれる前から定まっており、自分の生まれる以前から受け継がれた過去であります。
自身の選択では避けることも変えることもできないものです。
生まれた国や家族や貧富の差や身体的特徴などがこれに当たるのかと思われます。
運命とは将来であり未来であります。漠然と目には見えない意思のようなものが働いていて、私たちに幸せや不幸を与えているように思われます。
しかし、少なからず生まれてから日々の自分の行動や決意、考え方によって変えることや作用させることが出来ると考えます。
私の宿命と運命
私は、今まで数社の会社を渡り歩いて来ました。
ブラックな会社からグレーな会社を経験してきました。
そして現在は無職です。
いままでやってきて、無職になってしまっているのは自分自身の責任であることは解っているんです。
しかし、こうなってしまった経緯というか理由というやつを自分なりに考察してみました。
幼少期について…
幼少期に人格形成に影響を与える人物としては、両親の存在が大きいと思います。
私の両親は放任主義で教えるということをしませんでした。
両親の感覚的には犬や猫に近いんでしょうね、ただ餌を与え続けるだけであると。
なので従属させるために多少の暴力や物置き小屋に閉じ込められたりしました。
子供ながらに暗闇の中に取り残されるのは怖いんですよ…
暗闇の中に誰かがいるような気がして…暗闇の中では泣き腫らしていました。
父親は怖く母親はヒステリーといった認識を持った環境で、
両親を怒らせない様に子供ながらに気を使っていたわけです。
本来はメンターとなるべく両親から生きる上での基礎となる土台を授かることは無かったわけですね…
愛情というものを感じることが出来なかったわけですね…
基本的に親子共に無関心という状態でそのまま過ごしていってしまったわけですね…
父親は自分から私になにか話しをしようとした事は一度として無かったと思える程ですね。
母親も自分の身の上話をするとか、私の学校での出来事や進路の話などをさほど聞いたりはしませんでしたしね。
なんとも宙ぶらりんな状態でしたね。
両親ともにこれといった趣味も無く思考としては、その日暮らしなので私もとくに夢や目的のないままなんとなく日々を過ごしていったわけですね…

まぁ、学校生活から読み取り、両親を反面教師として夢や気概を持って頑張ろうと出来なかった私も駄目なんですけど…
私は地頭も良くなかったわけですね…
ただ、人としての基礎が出来ていないと夢を考えたときのそれまでの手段が逆算出来ないので方法が解らなかったり想像が出来ないんですよね~
さらに解らなければ誰かに聞くということが出来ませんでした。
学校では君は天然だねーなんて言われてましたが、加工されていないんだからそりゃそうだよと今なら思います。
その結果が典型的な
Fランク大学生with奨学金生徒の誕生ですね。
このころに父親が昔からうつ病を患っていることを知ります。
父親は農家でした。
大学時代について…
大学生当時は、インターネットといえばパソコンと携帯電話を使用していました。
ソーシャルメディアサービスmixiが流行しつつもtwitterやyoutubeといったサービスが出てきた時代ですね。
ただし、情報といったらテレビや新聞や雑誌といったマスメディアがいまだに主流でいわゆるB層が多かった時代ですね。
さらに就職活動は2009年に行いました。
その前年には、リーマンショックが発生しており2009年の就活は内定者取り消しが発生したなどのニュースを見たのが印象に残っております。
それほどに、就職も冷え込んでいる状態でした。

友人の中には大学院に進学して数年様子を見るという人もいれば、自殺をしてしまった人もいました。
自殺しちゃった子は頭の良い子だったんですけどね…
私は何の取り柄もないクソバカ大学生でした。

最後の良心があったのかメディアの煽りを受けていたからか、就職をしなくてはならないという焦りや不安感から就職活動をしていました。
数にして30社以上は受けたと思います。
受かるはずもないのに大企業にエントリーしたりと無駄なことをしていたのも含まれますが…
結果的にはブラック会社に入社しました。
とある面接の中には圧迫面接もありました。
面接では苗字を呼び捨てにされて、お前はこの商品を規定の期間内に家族、親戚、友人を使ってでも売ることが出来るのかと言われました。
即答出来ずにいると売れんのか売れねーのかどっちなんだよと語気を荒く言われたりしたのが印象に残っていますね…
もちろん面接は落ちましたが、こうゆう会社はなんで面接に呼んだんだよと思いましたね。
社会人になって…
学生の内は自分を磨くこともせずにのほほんと生きていた人罪が就職出来る会社。
その反動は大きなものでした…
会社にとっては都合の良い使い捨ての駒ですね。
パワハラ、サービス残業、精神を病むということになっていくわけですね。

当時はパワハラ防止なんていう風潮は今ほどありませんでしたからね~
痛みを覚えてようやく危機感を覚えていったわけですね…
社会に出たことで人並みになってゆくことが出来たと考えることも出来るとなるとありがたかったのか?
ただ、人並みに至る過程では、教育をせずに無関心であった両親を憎んでしまうわけですね。
さして大きな社会経験の無い両親に土台を作られないまま育てられてしまったことを。
でもそれは、両親の両親もそうであった可能性が高いんですよね。
いわば過去から受け継がれた負の遺産ですね。
父親の母、私の祖母が社会経験あるのに無関心な人なわけですね。
いまは、かつての私の月給分ぐらいの老人ホームに毎月住んでいますけど~
悲しいことに我が一族は家族といえど他人であったということですね。
過去と未来について…
過去と未来の関係性について理解出来てくると未来がこの先の運命が恐ろしく感じられました。
過去の重圧に負けてしまいそうになります。
初めての会社の上司に君は大器晩成型だななんて言われた記憶がありますが、皮肉ですよね。
無為に過ごしてしまった時間や日々は未来に作用してくるのだから…
人生の早い段階で、自分のルーツや存在意義というものを明確に出来るのであればそれに越したことはないですかね。

でも、未来を運命を自分で繋いで行こうと考えたり行動することは人間らしいと思います。
たとえ話ですが、会社の上司が親父と同級生であり仕事を頑張っているのに過去が足を引っ張ってきたなんていうことがあっても…
未来の運命へと向かって行動していくなかで、過去や宿命が足かせとなることもあるかもしれません。
払い除ける力や勇気を持ちたいものです。
こういった思考が出来るようになったのは、
怪我の功名としていくつかの会社を渡り歩いてきたこと。
テクノロジーの進化によるものが一因ですかね。
ネットワークテクノロジーの進化です。
特にスマートフォンが普及したことによってより身近なものとなっていったと思います。
人間、知らないことや行ったことの無いことは出来ない。
今や知らないことがすぐに知ることが出来るわけですしね。
逆に情報過多になりすぎているぐらいですね。
それは、テレビとかのマスメディアに成り代わって来ているのかもしれませんね。
しっかりと自身で情報の取捨選択をしていかなければならないのかもしれませんね。
もう遅いかもしれませんが…
私もテクノロジーや時代の流れといった変化に柔軟に対応して取り残されないようにしていきたいものです。